ほぼ毎日、こうやって振り返っていると、調子の良いときと、調子の悪いときの差がはっきり分かる。
単純に文字数だけを比較しても、500文字程度で終わるときもあれば、その何倍も書いているときがある。
イベントが終わって、いろいろが一段落で。うまくいったこともあれば、反省しなきゃいけないこともあって。
他人に任せられる人って本当にスゴいな、と思う次第。こだわりやゴールの違いによって、気になるところ、ならないところがあるんだろうけれど。
お陰様で社会性はどんどんついてきているので、好きではない人とも一緒にいることができるようになった。表面的に取り繕えるようになった。
それを傍から見て、「仲良しだね」とか言われると、またイライラしてしまうんだろう。
他人をランク付けして分類してしまうのは悪い癖かもしれない。
「一緒に生活できる人」がいたり、「新幹線で隣の席になるのは嫌な人」もいる。
「相席でゴハンを食べられる人」「エレベーターに一緒に乗れる人」とか。
やっぱり他人に対してのガードが高いんだと思う。何か嫌な思い出があるわけじゃない、と思っているけれど、どことなく一線を置く人になってしまったのだ。
たまに「何やっているかよくわからない人ですね」と言われるけれど、それはそれで正解なんだと思っている。わざわざ開示していないこともそうだし、そんなに簡単に分かられても困るという気持ちもある。
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裏側を見るのが面白い、とあまり深く考えずに言ってしまった。本当に面倒な人に思われたかもしれないけれど、これが本質だ。
工場見学に人気が集まるように、それまでの過程が楽しいコンテンツになることだってある。
その裏側を見ながら、足りないところは補えるように。まだまだ完璧なイベントは程遠い。
誰かにお願いしたところが、どうしてもうまくいかない。伝え方とか思いとか、そういうものが不足しているんだと思っている。得手不得手を考えて、きっちりとすり合わせをしておく必要がありそうだ。
あとは、最後まで前にいられない自分にも嫌になってしまう。
「お互いになんとかなるでしょ」という気持ちは、期待ではなく甘えだから。
すかさずフォローしてくださる方がいるけれど、その役割は僕がやらなきゃいけないのだ。
オーナー、プロデューサー、運営D、進行D、いろんな役割をごちゃまぜにしないで。もう一度きっちりと考えてみよう。
老害はそろそろ新陳代謝されるべきだ。
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誰かに任せたんだけど、は本当にトラブルになりやすい。
事前に打ち合わせをしていても、全く伝わっていないのは、相手のことを信用しすぎたから?期待しすぎたから?
1言って10伝わるなんて考えないほうがいいみたいだ。10言っても10伝わらないのだから。
ゴール地点を明確に。その過程も明確に。もはやマネジメントの話。
業務範囲の外のスキルかもしれないけれど、手を伸ばせばその役割を与えてもらえるのだから。
チャレンジしないなんていうのはもったいない。
言いにくいことを言える人になろう。
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ここ最近で一番ダメージが大きい数日。根本原因が自分にあるから尚更のこと。
「あのときやっておけばよかった」のダメージをもろに浴びている。
お陰様でずいぶんと成長の機会を与えてもらったと思っている。感謝。
そいでもって、今週末の予定がびっくりするくらいピッタリ決まってきた。
追い風ビュンビュンだ。
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